小谷洋子さん~私の看護ストーリー~中編

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現在、「施設・在宅看護介護アドバイザー」「施設研修講師」として活躍されている小谷洋子さん。彼女の看護ストーリーを3回に分けてお届けしています。前編はこちら

 

結婚して 横浜に移り 整形や泌尿器科を経験。

整形外科で足の小指を切断した高齢の男性の患者さんの炭酸足浴をしている時

「団地に越す時に老夫婦だから低層住宅のほうにしたんだよ。だから3階の階段を使う家には帰れないんだ。高層にしておけばエレベーターがあるから帰れたのに 取り返しがつかないんだよ」

と言われたことがありました。

リハビリも順調だと聞いていたので当時の私にはピンとこなかったものでした。

12年前 病院を退院したら家には帰ると思い込んでいた私には患者さんの落胆した気持ちはわかりましたが適切なアドバイスもかける言葉も見つからなかった。

そう 今考えれば私は流れ作業の仕事はできても支える看護が出来ない看護師でした。

ちょうどそんな頃 昔可愛がってもらった婦長から今老健の婦長やっててどうしても手伝って欲しいと誘われ 家に帰れない人が行くところはどんなところか?

それが私の生活の看護への入り口でした。

始めての老健で見た認知症のフロアーはまるで刑務所でした。

かなりショックを受けました。

認知症という病気を持っているだけでこんな扱いをされるのか?

元からいる看護師達も介護師も何も感じていないのか?

お風呂場に処置に行った時介護師さんの入浴介助を手伝い入浴の外介助なら看護師がADLや皮膚の状態を良く観察できる。

日勤の看護師は余るほどいたので(ほとんど全員定年退職した年代の方々でした)

婦長に提言しましたが

「余計な仕事を増やすな」

の一言で終わり元からいる看護師達はお茶飲みながら雑談している様なもの。

私が呼ばれたのは夜勤をする人がいなかったためで若い看護師3人で夜勤を回していたので当時は日勤が月に1回程度入明入明なんて当たり前に組まれてました。

夜勤の時 介護師さんのケアを手伝ったり不安を聞いたり介護師さん達からは信頼されて色々と現状を聞いて変えていきたいねと話していましたがなかなかできなかった。

そんなおり その老健は倒産。

新規立ち上げの特養に移ることになりました。

一ヶ月実調で何十件もの在宅介護をしているご家庭を訪れ 家族の思いを聞けたことがいい施設を作りたいとの思いになりました。

始めての立ち上げで5人の看護師で入所者を選択する時に経験者から介護保険の事や施設に利益を上げないといけない事や(病院ではコストの事など看護師は考えた事なかったので)様々な事を学びました。

病気を持って施設に入っても楽しく生活が出来るサポート 自分がやりたかったのはこれだ!と思いました。

先の老健の様な場所じゃない。

看護師と介護職 栄養士 施設長とみんなで どうしたら楽しんでもらえるか? 利用者さんの喜ぶ顔を見るためにどうするか?を考えるのが楽しくて。

しかし 立ち上げのメンバーが色んな理由でやめて新しく入ってくる看護師が病院の看護を持ち出しくると職種間で問題が出てきたり 看護師の間で争いが出たり その時はまだ個人の見解なのかと思っていましたが それこそが 生活の看護と病院での看護をきっちりと理解していない事からくる軋轢だったんです。

 

 

 

後編につづく

 

前編はこちら

 

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